プライマリケアにおける認知行動療法 


熊野宏昭1) 鈴木伸一2) 川村有美子2) 村岡理子2) 大塚明子3)

1足立医療生活協同組合綾瀬駅前診療所

2早稲田大学人間科学研究科

3千歳こぶしクリニック

 

【問題】

内科系のプライマリケアの現場では、日々様々な身体的・行動的・心理的な症状や問題をもった患者が訪れる。そこで認知行動療法による治療が有効である場面が多いであろうことは想像に難くないが、包括的な報告はほとんど認められない。

筆者は、都下の小さな診療所で、週に1回一般内科・心療内科の外来を担当している。その治療施設での実状について、受診患者の中に心療内科的な対応を必要とする者がどの程度含まれているか、実際に認知行動療法を適用した患者の特徴や治療経過はどうであるかという2つの観点からまとめて提示することを、本研究の目的とする。

【方法】

綾瀬駅前診療所は、下町の小さな診療所で、その近隣の地域のプライマリケアを担っている。平成8年秋に心療内科の標榜もしており、最近では電話帳やホームページ(http://www.geocities.co.jp/Colosseum/5706/)などで見て、心療内科受診を希望して来院する人も少しずつ増えてきているが、患者の大部分は、近所のプライマリケアを求めてくる人々である。

1)以上のような受診患者の中に、心療内科的な見立てと対応をした方がよい人がどの程度いるのかを検討するために、平成9年の4月から8月にかけて受診(初診、再診含めて)した患者のうち65歳未満の者86名を対象にして、筆者が内科・心療内科の2群に群分けし、STAI-SSTAI-TBDITMIによるアンケート調査をった。

2)当診療所では、平成8年の4月より、臨床心理学専攻の大学院生と協力して、認知行動療法的な心理カウンセリングを提供する試みを始めた。具体的には、まず筆者が、心理カウンセリングが有用と思った場合に、本人にその旨説明し、希望すれば面接治療に導入するという形にした。その結果平成11年4月までの3年間に、50人がカウンセリング治療に導入された。この50人について、性別、年齢、DSM-IV診断名、CMIYG、主な治療法、治療期間について集計した。

【結果】

1)結果を表1に示したが、86人中34人(40%)が心療内科的な対応を必要とする患者であった。そして、心理テストの結果では、内科群よりも状態不安、特性不安、うつ状態、自律神経症状のいずれも高得点を示していた。

2)心理カウンセリングに導入した50症例のデータをまとめたものが表2である。

第一診断では、広場恐怖、パニック障害、社会恐怖、全般性不安障害といった不安障害が、14例と最も多く、次に適応障害の11例、身体表現性障害の6例と続いている。また人格障害(疑いも含む)が第一診断となる例も5例認められた。

CMIの結果では、38例中WとU領域がそれぞれ1514例と多くなっており、さらにW領域では不安障害、大うつ障害、人格障害などが多く、U領域では特に適応障害が多いといった診断との対応も認められた。YGでは、32例中A型が10例と最も多かったが、D、E型もそれぞれ6例に認められた。そしてA、D型には適応障害が多く、E型には不安障害が多いといった傾向があった。

治療法としては(重複を含めて集計した)、アセスメントのみの者を除く43例のうち、段階的エクスポージャや認知の再体制化を中心とする認知行動療法が20例で用いられており、さらに自律訓練法が16例、認知行動論的カウンセリングが11例と続いていた。そして、診断との兼合いでは、不安障害と大うつ病障害では認知行動療法が、適応障害には認知行動論的カウンセリングが、身体表現性障害、不眠症、疼痛性障害には自律訓練法が用いられるという、比較的規則的な対応関係が認められた。

次に治療期間としては、現在までに終結した19症例の最短期間は1ヶ月、最長期間は27ヶ月であり、中央値は5ヶ月であった。なお、表中の中断は問題や症状は解消していないが治療者と相談の上終わりとしたもの、dropは連絡無しに来院を中止したものを意味している。

【考察】

以上、綾瀬駅前診療所における、過去3年間のプライマリケアの実状とそこでの認知行動療法の適用の実際を報告した。

まず、平成9年の春夏の時点で86名の外来受診患者を対象にして横断的な調査を行った結果、心療内科的な対応をした方がよいと思われる患者は4割に上った。このことからは、プライマリケアの現場において、心療内科的対応に対する潜在的な需要がかなりあることが予想されよう。

さらに過去3年間の間に、認知行動療法的な心理カウンセリングに導入した50例について、様々な観点からの集計を行った。その結果、不安障害、適応障害、身体表現性障害の順に多く導入されており、そのそれぞれに対して、認知行動療法、認知行動論的カウンセリング、自律訓練法といった治療法が多く適用されていることも明らかになった。心理テストの結果なども考慮し、従来の神経症、心身症の区分との対応を考えると、不安障害は神経症に、適応障害と身体表現性障害は心身症に分類される症例が多いと考えられる。

今後は、神経科・心療内科(千歳こぶしクリニック)のプライマリケアの現場でのデータも収集し、比較検討できれば、より広い範囲のプライマリケアにおける認知行動療法の適応と限界について明らかにできるものと期待される。