先頭のページへ戻る 綾瀬駅前診療所のページへ 第三世代のCBT
鈴木伸一1,4) 熊野宏昭2,4) 坂野雄二3)
1早稲田大学人間科学研究科
2
東北大学医学系研究科人間行動学分野3
早稲田大学人間科学部4
足立医療生活協同組合綾瀬駅前診療所
1.認知行動療法とは
認知行動療法とは、クライエントの不適応状態に関連する行動的、情緒的、認知的な問題を治療標的とし、学習理論をはじめとする行動科学の諸理論や行動変容の諸技法を用いて、不適応な反応を軽減するとともに、適応的な反応を学習させていく治療法である.
クライエントが訴える問題は、不安や落ち込みといった情緒的な問題、心悸亢進や頭痛といった身体的な問題、あるいは,不登校や登社拒否をはじめとする生活上の問題などさまざまである.これらの不適応問題の発生や維持には、個人の予測や判断、信念や価値観といった考え方(認知)の問題が関連していることが少なくない.
たとえば、「初対面の人と話す場面で過剰に緊張してしまい、振る舞いや口調がぎこちなくなってしまうために、なかなか新しい職場に適応できない」という問題を抱えているクライエントの場合、「過剰な緊張」や「振る舞いや口調のぎこちなさ」といった問題の背景には,「人に悪い印象を与えてはならない」という偏った考え方や、「あの人は、私のことを嫌っているに違いない」といった誤った予測が存在していることがある.そして、このような考え方を強く持つことが緊張を強めたり、適切な反応や行動を妨害していることもある.
認知行動療法では、予測や判断、信念や価値観といったさまざまな認知的要因(認知的変数)を想定し、それらが個人の情緒や行動にどのような影響を及ぼしているかを重視している(認知の機能).そして、治療においては、情緒や行動に直接的に介入するだけでなく、情緒や行動に影響を及ぼしている認知的要因を積極的に治療標的として扱う.また,それらを適応的な認知へと変容していくことによって、情緒の安定や行動の修正を効果的に行っていくことを目的としている.さらに、考え方が変わることによって、気分や行動は変わるということをクライエント自身が繰り返し経験することを通して、「自分の考え方を変容していくことによって、情緒や行動をコントロールすることができる」ということを自覚できるように促していく.すなわち、認知行動療法とは、セルフコントロールの獲得をねらった治療法である.
2.認知行動療法の特徴
認知行動療法は、行動療法を基礎に発展した治療体系である.したがって,治療の基盤となる基本的な発想は,行動療法と多くの点で共通している.具体的には,
@治療的面接が構造化されており,治療者は積極的にクライエントに働きかける,
A治療者は,現存する症状あるいは行動上の問題に焦点をあて,クライエントの問題を操作するための一連の治療を計画する,
Bクライエントの児童期の経験や発達初期の家族との人間関係について,それが症状に本質的に影響を及ぼしているとは考えない,
C無意識や幼児期の性的問題,防衛機制といった精神分析的な説明不可能な過程を排除する,
Dクライエントは不適応な反応パターンを獲得してしまったのであり,それは「学習解除」できるものである,
といった点を挙げることができる(Beck,1970).
一方,認知行動療法に特徴的な点としては,従来の行動療法では治療標的を外顕的な行動や反応に限定してきたのに対し,認知行動療法では,予期や判断,信念や価値観といった内的な反応も治療標的としていることが挙げられる.また,認知的反応は,表1に示すような具体的な変数としてとらえられ,表2に示すような査定用具を用いて客観的に評価される.さらに,治療においては,不適応行動がなぜ維持されているかを説明する際に,刺激と反応の結びつきだけではなく,行動に及ぼす認知の機能を重視するのである(表1).
すなわち,認知行動療法とは,次のような特徴をもつ治療法であると言うことができる(坂野,1998;Kendoll & Hollon,1979).
@行動を単に刺激と反応の結びつきだけで説明するのではなく,予期や判断,思考や信念体系といった認知的活動が行動の変容に及ぼす意味を理解し,それらが行動に影響を及ぼすと考える.
A行動をコントロールする自己の役割を重視し,セルフコントロールという観点から行動変容をとらえるとともに,人間の理解と治療的関わりの基本的発想として,人間の行動に関して,それが結果によってコントロールされているという「受動性」よりも,人間が自分の行動を自分自身でいかにコントロールしているかという「能動性」を強調し,そうした能動性を支えている要因としての認知的活動を重視する.
B認知的活動はモニター可能であり,変容可能であると考える.
C望ましい行動変容は,認知的変容によって影響を受ける.
D治療標的はあくまでも行動のみの変化であると考えるのではなく,信念や思考様式といった個人の認知の変容そのものが治療標的となったり,認知の変容をきっかけとして行動変容をねらう.
E治療の方針として行動的な技法のみならず,認知的な技法を用いる.
F行動と認知の両者を治療効果の評価対象とする.
3.認知行動療法の実際
この項では,認知行動療法の実際における,アセスメント,治療技法,および,治療者の役割について解説する.
1―アセスメント
治療を効果的に行っていくためには,クライエントがどのような問題をもち,困難な状況でどのような症状(情緒的反応,行動的反応,生理的反応,認知的反応)を経験しているかを適切に査定することが必要である.顕著に見られる特定の反応だけに注目して治療を行うことは,重大な他の問題を見落としてしまうことにつながる.つまり,アセスメントが適切に行われたかが治療効果を大きく左右するのである.
認知行動療法のアセスメントでは,
@クライエントの症状を多面的に評価すること(多面的アセスメント),
Aクライエントの症状を特定の場面で見られる具体的な反応(反応パターン)と,多くの場面で共通してみられる反応(反応スタイル)の2つに分けて評価すること(反応パターンと反応スタイルのアセスメント),
B症状がなぜ維持されているのかを評価すること(機能的アセスメント)
という3つの視点からクライエントの問題を理解することが重視されている(坂野,1995;神村,1997).各アセスメントのポイントをまとめると以下のようになる.
※多面的アセスメント
クライエントの訴える症状や問題はさまざまであるが,効果的に治療を行っていくためには,クライエントの訴えるさまざまな症状を「標的症状」に置き換えて考えることが必要である.そのためにアセスメントにおいては,クライエントの訴えるさまざまな症状を,@行動的側面,A情緒・生理的側面,B認知的側面に分けて査定するとともに,その症状がどのような場面で,どのよう程度生じているかを評価する(坂野,1995).
@行動的側面のアセスメント
たとえば「人前でうまく話ができない」と訴えるクライエントの場合,「うまく話せない」という行動が,場所,状況,相手の違いにによって,どのように違うのかを細かく評価する.それによって,「人前でうまく話ができない」という漠然とした問題点が,どのような場所でどの程度生じているのかを理解することができる.
A情緒的,生理的(身体的)側面のアセスメント
困難を感じる場面で,不安や落ち込みといった情緒的症状をどの程度感じているか,ドキドキや身体の硬直といった身体的症状がどの程度生じているのかを査定する.そして,症状の主観的な強さを自覚的障害単位(SUD)を用いて得点化し,症状の強い場面から順に不安階層表に整理する.
B認知的側面のアセスメント
「困難を感じる場面でどのような考えがよく浮かぶか」,「その場で必要とされる行動に対する自信はどの程度か」,「行動の結果をどのようにとらえているか」,そして,「今後の見通しについてどのように考えているか」など,クライエントが困難な状況の経過に沿ってどのような認知が見られるか把握する.多くの場合,セルフモニタリング法といわれる自己観察の方法をホームワークとして与え,実際の場面でどのような考え方が浮かんだかを記録してもらう.面接においては,記録にもとづいて「多くの場面で共通してみられる考え方はどのようなものか」,「行動や気分に強い影響を及ぼしている認知は何か」などを明らかにしていく.
※反応パターンと反応スタイルのアセスメント
人の考え方や振る舞いは,@特定の状況で一次的に引き起こされる反応パターンとして理解することができるものと,A状況の違いや時間的経過を越えてかなり一貫してみられる反応スタイルとして理解することができるものとに分けてとらえることができる(坂野,1995).反応スタイルは,基本的には過去の経験を体制化したかなり持続的な「構え」であり,さまざまな状況における反応パターンに影響を及ぼすものと考えることができる.したがって,クライエントを理解する際には,困難な状況でどのような考えや振る舞いが生じているのかを評価することと同時に,クライエントが普段からどのような考え方や振る舞いをとる傾向にあるのかという視点からも評価することがクライエントの理解を深めることにつながる.
しかしながら,特定の状況で見られる反応パターンと反応スタイルは常に一致しているわけではない.「自分はいつもうまく話せない」と思っているクライエントであっても,それなりにうまく話せている場面は必ずあるのである.治療においては,「うまく話せている場面」においてクライエントがどのような考えや振る舞いをしているのかを分析することによって,具体的な治療計画を立てていくことができるのである.つまり,「反応パターン」と「反応スタイル」という2つの視点からクライエントを評価することは,クライエントの理解を深めるとともに,治療における具体的な介入の手がかりを得ることになる.
※機能分析的アセスメント
クライエントの状態を理解する際には,「なぜこのような症状が引き起こされたのか」という視点よりはむしろ,「なぜこの症状が維持されているのか」という視点から理解するほうが具体的な治療計画を立てやすい.「なぜ維持されているのか」を理解するためには,クライエントの問題にはどのような状況要因が作用しているのかや,クライエントの認知的反応,行動的反応,情緒・生理的反応が互いにどのような影響を及ぼし合っているのかといった「機能分析」をすることが大切である.具体的には,
@脅威の対象となる物や刺激は,どのようなものであり,どのような場面で多く見られるのかを把握する.そして,その外的要因がクライエントの認知や行動にどのような影響を及ぼしているのかを分析する.
Aクライエントが脅威刺激をどのようにとらえているのか,その状況がどのように展開していくと予測しているのかなど,クライエントにどのような認知が生じているのかを調べる.
B認知が行動や情緒・生理的反応にどのような影響を及ぼしているのかを分析する.
Cその場でクライエントがどのような結果を手にしているのか,その結果がどのような行動や認知を強めているのか(強化しているのか)を分析する.
D手にした結果をクライエントがどのようにとらえているのかを調べる.
E結果のとらえかた(認知)が,その後の情緒や行動にどのような影響を及ぼしているのかを分析する.
※心理教育
アセスメントを通してクライエントの問題点が整理できたら,クライエントが自分の状態を正確に把握することができるように,心理教育的なセッションを設けることが大切である.ここでは,
@クライエントの心や身体にはどのようなことが起こっているのか
A症状はどのようなメカニズムによって維持されているのか,
B改善すべき問題点は何か,
Cどのような治療法が考えられるか,
D治療の結果としてどのような効果が期待できるか,
などの点を詳細に説明する.心理教育を通してクライエントが自分の状態を正確に把握することができれば,症状への不安感は低減され,治療への動機づけを高めることができるのである.
2―治療
認知行動療法では,これまでに多様な治療技法が提唱されている.表3はこれまでに提唱された治療技法の一部をまとめたものである.これらの治療技法は,特定の症状や問題に応じて焦点化された治療プログラムとなっている.しかしながら,これらは全く性質の異なるものというわけではなく,多くのプログラムは,@クライエントが自己の行動や認知を自己観察する,A具体的な対処法を獲得していく,B偏った考え方の不合理性に気づかせ,適応的な考え方を身につけていくといった共通した技法を含んでいる.ここでは,認知行動療法の多くの治療プログラムに共通して用いられる治療の核となる技法を解説する.
※セルフモニタリング
人が自分自身の状態を観察しようとするときには,「あの時はこうだった」,「いつもこうだ」というように回顧的に観察していることが多い.しかしながら,このような方法で自分の状態を見つめた場合には,印象的な出来事のみがクローズアップされたり,漠然としたイメージしか浮かばなかったりすることがある.自分自身の問題点を整理するためには,実際その時にどのように考え,どのように振る舞い,どのような気分であったかを具体的に観察することが重要である.セルフモニタリングは,クライエントが自己の行動,認知,気分などを観察し,記録し,評価することによってクライエント自身が自分の状態を客観的な事実として理解することができるように働きかける技法である.記録の仕方は,標的症状が何であるかによって異なってくるが,多くの場合,困難な状況の内容や標的症状の強さ,気分やその場で浮かぶ考えなどを記録させる.
この方法を実施する際の注意点は,はじめから多くの情報を記録させようとせず,簡単な記録を取ることからはじめ,「記録をとる習慣」を身につけさせてから徐々に記録内容を増やしていくことなどの点である.
※脅威場面への暴露(exposure)
クライエントの多くは,困難な場面や脅威刺激からの回避行動が習慣化されている.そして,回避行動が習慣化されていることが,脅威刺激と不適応反応との結びつきを強める原因となっている.クライエントが自らの問題点に気づき,その問題を克服していくためには,「困難を感じる場面において適切な対応をとることができれば,予想しているような情緒的混乱や破局的な結果には至らないのだ」ということを繰り返し経験させることが必要である.認知行動療法では,ホームワークなどを通して,実際の困難場面を積極的に「治療の場」として活用していく.脅威場面に暴露する方法は,@脅威度のもっとも強い場面に最初から曝す方法,A脅威度の低い場面から段階的に曝していく方法,Bイメージなどを用いる方法などがある.いずれの方法においても,習慣化された回避行動を取らせないようにすることが大切である.
※対処スキルの獲得
脅威場面に暴露させるには,その場面で生じる情緒的混乱を緩和したり,問題を解決していくための具体的な対処スキルを獲得していることが必要である.情緒的混乱を緩和する方法としては,自律訓練法や漸進的筋弛緩法といったリラクセーション・トレーニングが多く用いられている.また,問題解決のための対処スキルの獲得には,現実場面を想定したロールプレイやモデリング(観察学習)などを通じて,対処スキルを実行できるように繰り返し練習する方法が用いられている.
※認知の再体制化
認知の再体制化は,セルフモニタリングによってクライエント自身が,自らの認知を観察するところから始まる.そして,治療者は,クライエントのもつ偏った認知について,「その考え方は,本当に妥当か?」,「他の考え方はないか?」といったように,認知の歪みや不合理性,過剰性などを話し合い確認していく.また,歪んだ認知と相対する適応的な認知にはどのようなものがあるかを話し合う.さらに,ホームワークなどを通して,現実場面で適応的な考え方ができるように練習するとともに,その結果として情緒や行動にどのような変化が生じたかを繰り返し確認するという一連の手続きからなる.多くの場合,表4に示すシートを用いて治療が行われる.この技法はクライエントの認知を直接的に変容しようとするものであり,認知行動療法のさまざざな技法において何らかの形で用いられている.各技法における手順は,その技法でどのような認知的変数を治療標的にしているのかによって異なる.
※段階的な目標設定と積極的強化
認知行動療法の基盤となる発想は,不適応反応の学習解除と適応的な反応の学習にある.したがって,治療の中でクライエントに望ましい行動や考え方が見られたときには,積極的に賞賛し,強化していくことが大切である.また,現実場面において望ましい考え方や行動をとる頻度を増やしていくためには,望ましい行動や考え方に対する自信を強めることが大切である.したがって,治療においてはスモールステップで目標を設定し,クライエントが繰り返し成功経験を得られるようにする.
※ホームワーク
ホームワークは,認知行動療法における治療的な関わりの中でも,もっとも重要なものの1つである.認知行動療法の最終的な目標は,クライエントが自分の情緒や行動をセルフコントロールできるようにすることである.セルフコントロール能力を高めるには,@困難な場面における自分の状態を観察すること,A面接の中で話し合われた合理的な考え方や,ロールプレイなどで獲得した対処スキルを実際の場面で実行してみること,Bその結果としてどのような変化が生じるのかを自覚することが大切である.そこで,認知行動療法では,アセスメントや治療の過程において段階的なホームワークをクライエントに課し,ホームワークを通してクライエントが得た経験を題材にしてさらに治療をすすめていく.また,ホームワークの題材や目標は,クライエントが成功経験を得やすいものが設定される.そうすることで,治療者はクライエントの望ましい反応を強化する機会を得ることができ,クライエントの自信を強めることができる.
3―認知行動療法における治療者の役割
認知行動療法における最終目標は,クライエントの情緒や行動に対するセルフコントロール能力を向上させることである.したがって,治療における主体者はクライエントであり,治療者は協力者,あるいは援助者という役割を担う.とはいえ,治療者のもつ影響力は決して小さくない.十分な治療効果を得るためには,クライエントと治療者が,問題を解決していくための「良き共同作業者」として信頼関係を築いていくことが不可欠である.ここでは,認知行動療法において治療者がどのような役割を担っているかを整理する.
※協力者としての治療者
認知行動療法では,面接の中で話し合われた合理的な考え方や獲得した対処スキルをクライエントが実生活の中で実行し,その結果として困難な状況がどのように改善したかを繰り返し経験していくことを重視している.治療者は,クライエントがこのような試みを段階的に,しかもスムーズに行っていくことができるように,援助し,示唆を与える役割を担う.このような治療関係は「協力的経験主義」という言葉で表現されている.この言葉は,「問題点を一緒に整理する」,「対処スキルの実行を促すし」,そして,「改善点,工夫点を話し合う」という協力的態度のあり方を表している.しかし,協力的態度とは,あくまでも問題を解決していくために最良のサポートをするということであり,過剰な援助や共感を意味しているのではない.過剰な援助がクライエントのセルフコントロールの獲得を妨害したり,いきすぎた共感がクライエントの依存心を強めたりすることもあるのだとういうことを認識しなければならない.どのような協力者となるかは,あくまでも問題の解決に即して導き出されるものであり,クライエントが望む協力者となることではない.
※良きモデルとしての治療者
クライエントが,柔軟な考え方や望ましい行動を身につけていくためには,望ましいモデルを提示することが必要である.したがって,クライエントの考え方や習慣的な行動の変容を促すためには,治療者自身が,柔軟な考え方や振る舞いを行うことができる良きモデルとならなければならない.クライエントの状態を常に正確に理解するようにつとめ,直観や印象による判断を避ける.また,治療者の理解をクライエントに伝えるとともに,それに対するクライエントのフィードバックを求めることも大切である.また,認知の再体制化や対処スキルの獲得を行うときには,いろいろな考え方や対処のバリエーションを柔軟に提供することも必要である.さらには,コンプライアンスの低いクライエントに対して,「やる気がない」と決めつけていないか,不合理な認知を特定する際に「こう考えているにちがいない」と一方的に判断していないか,主症状を改善することだけに強迫的になっていないかなど,治療者自身が柔軟な態度であるかを常にセルフモニタリングしていなければならない.このような態度をクライエントにモデリングさせることが,クライエントの認知や行動の変容を促していくことにつながるのである.
※強化者としての治療者
認知行動療法において,クライエントの望ましい反応に対して賞賛を与え,強化していくことが重要であることは先に述べたとおりである.クライエントにとって治療者からの賞賛は大きな強化力をもつ.したがって,治療者は常に,どのような行動や考え方を,どういうタイミングで強化していくかを配慮する必要がある.治療が「誉めている」と感じていても,クライエントが必ずしも「誉められた」感じているかはわからないのである.つまり,治療者の態度や言葉かけ,共感や賞賛が,クライエントにどのように「機能しているか」をアセスメントしなければならない.
また,「治療者」という刺激がクライエントの反応に影響を及ぼしていることも認識しなければならない(神村,1997).面接における治療者の態度や振る舞い,あるいはクライエントが抱いている治療者へのイメージなどが,クライエントの反応にどのように機能しているのかを見定め,それを治療に活かしていくことも治療を効果的にすすめてていくためには大切である.
4.症 例
クライエント:25歳 女性 会社員
主訴:腹痛,吐き気,頭痛,全般的な自信喪失感,対人場面における不安,過緊張
既往歴:特記すべきことなし
家族歴:両親と本人の3人家族.両親は東京近郊に家を新築して引っ越し,本人は受診時は1人住まいである.
現病歴:入社4年目になるが,2年前にそれまで面倒を見てくれていた上司が転勤になった.この頃より,仕事に対して重圧感,負担感,自信のなさを感じるようになった.また,職場では毎朝交代で3分間スピーチを行っているが,人前で話すのが苦手なので,以前から非常に苦痛に感じていた.半年前,スピーチが嫌で会社を休んでしまったことをきっかけとして,先輩女子社員に嫌がらせを受けるようになった.その後も何度か自分がスピーチ当番の時には会社を休んだり,取引先に書類を届けるからと嘘をついてスピーチを回避していた.ところが,3ヶ月前にその嘘が会社にわかってしまった.その後先輩女子社員の嫌がらせはエスカレートし,口をきいてもらえないことも多くなった.この頃より,出社しようとすると腹痛,吐き気,頭痛などの身体症状が現れるようになり,会社を休むことが多くなった.会社の診療所の紹介で都内大学病院にて検査を受けたが,特に異常なしということで受診となり,予備面接の後,認知行動療法に導入した.
診断:DSM-IVにより,社会不安障害を背景とする会社不適応と診断された.心理検査ではCMIはIII領域(身体的自覚症状5点,精神的自覚症状19点),BDIは24点であった.
治療経過:身体症状に対する苦痛,出社に対する強い不安があることから,会社に2ヶ月の休職届けを提出し,週1回の面接を実施した.初診〜第4回目の面接のなかで,「人とうまく話すことができない,緊張しておどおどしてしまう」,「人が自分のことをどう思っているのか,いつも気になってしまう」,「1ヶ月前から1人住まいを始めたが,きちんと家事ができない,何をやっても,1人ではダメなんだ」などの訴えがあった.そして,これらの面接の内容から,次のように問題点を整理した.すなわち,情緒面として,不安,抑うつ感,自信のなさ,行動面として,対人的な場面からの回避,コミニュケーションスキルの不足,認知面として,自己に対する否定的な考え方,他者評価に対する過剰な不安などの点である.そこで,行動面と認知面の改善を通して情緒面の安定を図ることを目的として,会社での苦手な場面を題材にしたロールプレイを行い,工夫点,改善点を探ることにした.
ホームワークによって作成された会社での苦手な場面のリストにしたがって,9つの場面(上司との会話,取引先との電話,先輩社員への頼み事の場面等)について,ロールプレイを3セッション(第6回〜8回面接)にわたって実施した.ロールプレイは,細かな状況を聴取した後,以下の手続きで行われた.
@治療者が相手役となって,いつものように振る舞ってもらう
Aその時に浮かんだ否定的な考え方,気分を聞く
B振る舞いについて工夫できる点はないか,否定的な考え方に相反する他の考え方はないかを話し合う
C役割を交代して,話し合った工夫点や改善点をふまえて,治療者が実際に行ってみる
D治療者の振る舞いについての感想を聞くとともに,その状況のおける適切性を評価する
E再度役割を交代して,クライエント自ら工夫しながらやってみる
F最初に浮かんだ考え方や気分がどのように変わったかを聞く
ロールプレイの題材となった場面では,当初「相手はどんなことを言うのか不安だ」,「自分のことを怒っているのではないか」,「緊張しておどおどしてしまう」などの認知・行動的症状が多く観察されたが,ロールプレイを重ねるにしたがって,「話す内容を整理してから話す」,「相手の状況を見て話しかける」,「どのように話すかリハーサルする」,「気がかりなことは最初に切り出す」等の工夫点を見つけ,実行できるようになった.そして,徐々に「何とか話せそうだ」,「いつも完璧でなくても良いんだ」,「最初は緊張するが,話し出せば大丈夫だ」といった望ましい考え方ができるようになってきた.そして,第9回面接になると,対人場面における自信も次第に高まり,身体症状も安定するようになってきた.クライエントは,休職期間が翌週切れることに対して,会社で本当にうまくやれるか等の不安を残していたが,あまり休職期間を長くするとかえって職場復帰が困難になることや,身につけたスキルを実際の場面で実行してみることの重要性を治療者が指摘したところ,次の週から出社に至っている.
図1〜3は,3回の面接にわたるロールプレイの前後における,クライエントの認知の変化を示したものである.図1は出社に対するセルフ・エフィカシーを100点満点で評定したもの示したものであるが,ロールプレイを重ねるごとに向上している.また,図2は,うつの症状に関連する不合理な信念(森・長谷川・石隈・嶋田・坂野,1994)の変化を示したものである.「自己期待」,「依存」,「倫理的非難」,「問題回避」の信念が介入後に低下していることがわかる.さらに,図3は自動思考(児玉・片柳・嶋田・坂野,1994)の変化を示したものであるが,自己に対する否定的な思考が低減している.
なお,本クライエントは,出社後も半年にわたって定期的な面接を続け,約1年で終結とした.
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