DSM−IVによる人格障害の理解

熊野 宏昭

 

  1. DSM−IVの基本的特徴と人格障害の診断(American Psychiatric Association,1987,1994
  2. 1 歴史的背景

     DSM−IVとは、アメリカ精神医学会(APA)の『精神障害の診断・統計マニュアル』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の第4版で、DSM−T(1952)、DSM−U(1968)、DSM−V(1980)、DSM−V−R(1987)の刊行に引き続き、1994年に発表された。DSM−Vに至り、後述するように各精神障害毎に操作的診断基準が設定され、また多軸評定システムが採用されたことにより、アメリカ国内のみならず世界的に非常に広く用いられるようになった。現在、精神医学、心身医学の領域では、WHOによるICD−10The International Classification of Disease, 10th edition 世界保健機構 融道男ら訳,1993:DSM−IV作成グループとの積極的な情報交換の下に作成された診断基準であり、各診断カテゴリーのグループ分けの仕方などには若干差異があるが、診断カテゴリーのかなりの部分は共通しており、やはり操作的診断基準が用意されている)とともに、日常臨床の中でまた研究目的のためにも非常に広く用いられている。

    2 精神障害の定義

     DSM−IVは、精神障害の診断・統計マニュアルなのであるが、「このマニュアルには精神障害の分類を提示しているが、“精神障害”の概念に対して、正確な境界を設定するに十分な定義は与えていない」としている。その理由は、「精神障害の概念が、医学や科学における多くの他の概念と同様に、あらゆる状況に適合できるような一貫した操作的な定義を有していない」からである。

     しかし、DSM−V以来、以下の3つの要因によって暫定的な定義がなされている:@苦痛や能力障害を起こしているある種の症候群が存在する、Aそれは行動的、心理的、生物学的な機能異常の現れであると考えられる、B臨床的有用性があるかどうかを考慮する。

    3 多軸評定システム

     DSM−IVは多軸(多面的)評定システムを用いており、以下の5つの面から生物・心理・社会的に評定を行う。第1軸−臨床疾患・臨床的関与の対象となることのある他の状態(一般身体疾患に影響を与えている心理的要因、投薬誘発性障害、対人関係の問題など)、第2軸−人格障害・精神遅滞、第3軸−一般身体疾患、第4軸−心理社会的および環境的問題、第5軸−機能の全体的評定。第3軸までが正式の診断的評価を構成し、第4軸および5軸は特殊な臨床的および研究的状況で使用され治療計画や予後予測に有用とされる。つまり、精神障害の診断と分類に関わるのは第1軸と第2軸のみであり、その内容を考えるとカテゴリカルモデルに基づく分類法であると考えられる。また、本稿の主題である性格研究に関係があるのは第2軸ということになる。

    4 記述的な方法

     臨床像の記述により各障害を定義し(記述定義)、複数の特徴的病像が認められるかどうかで操作的に診断を下す(操作的診断基準)。臨床像の記述は、容易に確認できる行動の徴候や症状、例えば、失見当識、気分の障害、精神運動興奮などで成り立っており、観察者側の解釈は最小限しか必要とされない。しかし、人格障害などの診断においては、観察者側の解釈の必要性がより大きいとされている。結局、ある診断基準をとるかどうかは“臨床家の判断”に任せられている。

     上記の記述的、操作的な立場に基づき、各障害の病因、病態生理学的過程に関しては、十分に解明されているもの(器質性精神障害と適応障害)を除き特定の理論に準拠しない(無理論的立場)。したがって、“神経症”、“心身症”といった診断分類も採用しない。

     複数の診断基準のうち一定の数以上を満たすことで診断を確定する(多神論的診断様式)。これは、各診断カテゴリーに含まれるケースが均一なものでないことの認識に基づいており、各々の診断基準を全て満たされなければ診断できないという一神論的様式よりも診断の信頼性を高めるとされている。

     DSM−IVでは必要に応じて複数の診断を下すこと(重複診断)が認められている。ただし、一部、階層構造〔階層的に上位にあってより広範な障害(例、精神分裂病)は、下位にあってより広汎でない障害(例、不安障害)にみられる症状を伴うかもしれないが、その逆はないという関係〕が仮定される場合があり、そこでは重複診断はなされない。

     

  3. DSM−IV第2軸使用の具体的方法・研究の実例
  4. 1 人格障害の一般的特徴(American Psychiatric Association,1987,1994

     「人格傾向とは、環境および自己を認知し、かかわり合い、それについて考える様式が持続しているもので、広範囲の重要な社会的および個人的状況において示されるものである。人格傾向において、柔軟性がなく、適応不良で、著名な機能の障害か、または主観的苦悩の原因となっている場合にのみ、人格障害に相当する。人格障害の症状は、しばしば青年期か、それ以前までに認められ、成人期のほとんどを通じて持続するが、中年から老年期には、あまり目立たなくなることが多い」。治療へのコンプライアンス(どの程度主体的に治療に参加しようとするかなど)、障害の受容と障害への取り組みの姿勢などのかなりの部分が患者の人格によって規定されるので、治療計画を作成するに当たっては、特定の人格傾向、人格障害の存在が重要な鍵を握ることが多い。なお、DSM−IVによる人格障害の全般的診断基準を表1にあげた。 

     DSM−IVによって分類される10の人格障害の基本的な特徴は以下の通りである。妄想性人格障害:他人の動機を悪意あるものと解釈するといった、広範な不信と疑い深さ。分裂病質人格障害:社会関係からの遊離、対人関係状況での感情表現の範囲の限定などの広範な様式。分裂病型人格障害:親密な関係で急に気楽でなくなることとそうした関係を持つ能力の減少、および認知的または知覚的歪曲と行動の奇妙さの目立った、社会的および対人関係的な欠陥の広範な様式。反社会性人格障害:他人の権利を無視し侵害する広範な様式。境界性人格障害:対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式。演技性人格障害:過度な情緒性と人の注意をひこうとする広範な様式。自己愛性人格障害:誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式。回避性人格障害:社会的制止、不適切感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式。依存性人格障害:世話をされたいという広範で過剰な欲求があり、そのために従属的でしがみつく行動を取り、分離に対する不安を感じる。強迫性人格障害:秩序、完全主義、精神面および対人関係の統制にとらわれ、柔軟性、開放性、効率性が犠牲にされる広範な様式。また、以上の10の人格障害は、記述的な類似性に基づいて以下の3群に分けられている。A群(妄想性、分裂病質、分裂病型)−しばしば奇妙で風変わりに見える、B群(反社会性、境界性、演技性、自己愛性)−しばしば演技的で、感情的で、不安定に見える、C群(回避性、依存性、強迫性)−しばしば不安におびえているようにみえる。

     カテゴリカルな分類法を用いていることに関連して、「伝統的に、人格障害の分類にあたっては、臨床家は、その患者の障害された人格機能を適切に記述できる、単一で特異的な人格障害を見いだすように方向づけられてきた」と述べられているが、同時に重複診断(異なる群に含まれることもある)の必要性にも言及している。またディメンジョナルな評価法を用いる利点についても述べた上で、上記の3クラスターの属性をディメンジョンとして採用することも可能であろうとしている。

    2 第2軸診断基準の臨床、研究場面での一般的使用法

     実際に臨床、研究場面で人格障害の診断を下す場合、面接を通して収集した情報に基づいて判断することになるが、そのためにはまず表1に示した診断基準にしたがって、人格障害の存在を疑う必要がある。その際注意すべきなのは、ほとんどのクライエントは人格障害の結果何らかの不適応を起こして困っているのだが、それにも関わらず、人格障害の特徴自体は自我親和的である(自分では問題と思っていない)ことが多いことである。その結果、面接者にとっても、ただ話しているだけではそれほど問題を感じないということが起こってくる。ただし、面接が終わった後で「やはり変だ」「普通ではない」と感じることも多く、面接者はそういった手応えに敏感である必要がある。

     そして、少しでも人格障害の存在を疑ったら、次は各々の診断基準(アメリカ精神医学会 高橋三郎ら訳, 1995)を開いて、可能性があるものについてチェックしていくことになる。この場合、診断基準をそのまま読み上げて、それに当てはまるかどうかを直接聞いていくことには、かなり無理がある場合も多いので、後述する「構造化面接法」で用いられる質問なども参考にしながら、質問の仕方に留意して必要な情報を収集できるように工夫する必要がある。

     次に、具体的な記載の仕方についての注意事項をまとめておこう。まず、上記DSM−IVの基本的特徴の項で、多神論的診断様式、重複診断と述べたように、それぞれの人格障害に関してリストアップされた特徴的な「内的体験および行動の持続的様式」のうち一定数(閾値と呼ぶ)以上が認められるものについて、重複も含めて診断が下される。複数の人格障害の特徴を有する場合には、以下のようなケースがある。その第一は、複数の障害が閾値以上になる場合であり、その際は重要と思われるものから順に併記する。第二は、二つ目以降の障害は閾値下である場合であり、その際は「○○人格傾向」として併記しておく。第三は、人格障害の全般的診断基準は満たし、いくつかの人格障害の特徴を閾値下で満たす場合であるが、その際には「特定不能の人格障害」の診断を下すことになる。なお、第1軸に相当する診断名がつかない場合は、どの人格障害が主診断または来院理由になっているのかを、右にかっこ書きして記すことが望まれる。また、防衛機制や対処スタイルに関しても付記することが勧められており、マニュアルの付録Bに「Defensive Functioning Scale」という形で、評価法がまとめられている。以上の記載法にしたがった記入例を下に記す。

    第2軸:301.6 依存性人格障害(主診断)

            回避性人格傾向

            否認の機制がしばしば見られる

    3 研究例−心療内科受診患者において人格障害が認められる割合

     次に、以上に述べたような方法にしたがって、人格障害の診断を下しその結果を集計した研究の実例について紹介しよう。表2に示したのは、中尾ら(Nakao,M. et al, 1998)が、東京大学心療内科に1994年から1996年に受診した外来初診患者1,432名を、DSM−V−RおよびDSM−IVの第2軸によって診断集計した結果である。この表から、十分な患者数を含んでいる1995年と1996年の比較をしてみると、どちらの診断基準にしたがった場合でも、全体の10%強が人格障害の診断を得ていることが分かる。また、多く認められたのは、1995年では、回避性、境界性、特定不能、自己愛性と続き、1996年では、特定不能、演技性、境界性、自己愛性と続いており、全体としてB群の人格障害が多くなっていることも理解できるだろう。

     

  5. DSM−IV第2軸を用いる際の留意事項・注意点

1 第2軸診断基準の臨床、研究場面での厳密な使用法

 以上に説明したのは、診断基準(アメリカ精神医学会 高橋三郎ら訳, 1995)を手元におきながら適宜情報を集めていくといった、臨床の現場で一般的に利用されている方法であったが、研究のためにより厳密に診断を下す必要がある場合などには、構造化面接法(SCID−U;Structured Clinical Interview for DSM-III-R Axis II)を利用することが望ましい。ただし、DSM−IVの構造化面接法のマニュアルは、未だ翻訳がされておらず、ここではDSM−V−Rのもの(スピッツァー,R.L.,1992)しか利用できないのは残念なことである。

 SCID−Uの施行法は、SCID−Uスクリーニング(人格質問表)とともにSCID−Uを用いる場合と、スクリーニングなしに用いる場合の2通りがある。第一の場合は、DSM−IVの診断基準のそれぞれに対応する内容の文章ではあるが、表現を柔らかくして高率の偽陽性が出る(疑わしいものは拾う)ように意図して作られたスクリーニング用のチェックリストを最初に用いて、広くどのような人格障害の特徴が存在するかのあたりをつける方法である。そしてその後に、あてはまった項目の全てについて、それに対応したSCID−Uの質問を行うことで診断を確定する。第二の方法は、面接者がいくつかの限られた数の障害だけに焦点を絞りたいような状況に適したものであり、前もってねらいを定めた障害に関する全ての質問を行っていく。

 SCID−Uを用いる方が、診断の信頼性や妥当性は向上するはずであり、それが望ましいのは間違いないが、現在のところ、実際の研究場面で(特に本邦ではDSM−IV用のものが未翻訳であるという事情もあり)診断面接が必須とされているわけではない。しかし、上にもふれたように、どのような質問によって情報を収集していけばよいのかといった点に関しても参考になることが多いので、SCID−Uのマニュアルを一読しておくことは大変有用であろう。

 

文献

American Psychiatric Association 1987 Diagnostic and statistical manual of mental disorders, third edition, revised. Washington D.C.: American Psychiatric Association

American Psychiatric Association 1994 Diagnostic and statistical manual of mental disorders, fourth edition. Washington D.C.: American Psychiatric Association

M.Nakao, S.Nomura, G.Yamanaka, H.Kumano, & T.Kuboki 1998 Assessment of patients by DSM-III-R and DSM-IV in a Japanese psychosomatic clinic. Psychotherapy and Psychosomatics, 67, 43-49.

アメリカ精神医学会 高橋三郎・大野裕・染矢俊幸(訳) 1995 DSM−IV精神疾患の分類と診断の手引き 医学書院 (American Psychiatric Association 1994 Quick reference to the diagnostic criteria from DSM-IV. Washington D.C.: American Psychiatric Association.

スピッツァー,.., ウイリアムズ,J.B.W., ギボン,M., ファースト,M.B. 高橋三郎(監訳) 花田耕一・大野裕(訳) 1992 SCID DSM−V−R面接法(Version 1.0)使用の手引き 医学書院 (R.L.Spitzer, J.B.W.Williams, M.Gibbon, & M.B.First 1990 Structured clinical interview for DSM-III-R (SCID) user's guide. Washington D.C. and London: American Psychiatric Press.

世界保健機構 融道男・中根允文・小見山実(訳) 1993 ICD−10精神および行動の障害−臨床診断と診断ガイドライン− 医学書院 (World Health Organization 1992 The ICD-10 Classification of Mental and Behavioral Disorders: Clinical descriptions and diagnostic guidelines. Geneva: World Health Organization.