日本地図で九州を見ると、その西の端に海の中に浮かんでいるような平戸島が目にとまる。古くからオランダや中国と交流のあった異国情緒と美しい自然に恵まれた島であるが、この島の南端に近い場所にNPO法人の日本ヒーリング科学研究所がある。この研究所は、地域の活性化を目的の一つに誕生したものであるが、その背景には、先ごろお亡くなりになった研究所長の小倉理一先生が提唱された海洋クラスター都市構想がある。それは、西九州地区の諸都市を複数のクラスターにグループ化し、それぞれのクラスター内での得意領域を延ばすことで新たな産業を興し、地域を活性化する、そして地域から変革の波を起こしていこうという構想である。そして、平戸クラスターはヒーリング産業を興隆することを目標にし、この研究所ではそのためのハードとソフトの開発を積極的に進めようとしているのであるが、これは実は心身医学が目指す方向ともかなり重なってくるものである。この研究所では、前所長の武者利光先生が開発された大脳機能測定法を用いた評価を行いながら、アートセラピー、五感を利用したリラクセーション法、全身の筋肉のバランスを整えるホメオストレッチ、海洋療法などのヒーリング技法が研究、実践されているが、最もユニークなものは小倉先生が開発された流水バスであろう。もともと造船業界でスクリューの研究をされていた経験を生かして、バスタブにスクリューを取り付け水流を起こし、その中で入浴をするといった装置を開発したが、これまでの研究で強力なリラクセーション効果を持つのみならず、軽度の痴呆をも改善する可能性があることが示されてきている。毎日入浴するだけで十分なリラクセーションや脳の適度な活性化がもたらされるとすれば、地域にこのような施設があることの意義は大変大きいのではないだろうか。

 今号は、巻頭言の鴨下先生の社会的問題にも関わる「内なる自然破壊」への危惧と心身医学が果たす役割への期待、会長講演の白倉先生のbio-psycho-socialな医療モデルが生きるアルコール関連障害の話、特別講演の櫻井先生の源氏物語にみる心身医療の話、筒井先生の音楽療法の展望の話と大変読み応えがある。それぞれの内容は実に多様なものだが、共通しているのは、生活や文化に深く根付いたところでの心身医学・心身医療が果たす役割の指摘という点であるように思える。心身医学の健全な発展のためには、日常の臨床活動に加えて、生物学的・行動科学的な基礎研究、EBMの基盤となる臨床研究の実施などが重要であることは論を待たないが、21世紀にはさらに地域や文化に根ざして、社会の中で実質的な広がりを持たせていきたいものである。