リラクゼーションの方法

東京大学医学部附属病院心療内科 熊野宏昭

 

 

はじめに

 最近、「こんな時代だから」という言葉がよく聞かれますが、一体どのような時代と言えばよいでしょうか。不況、リストラ、せちがらい、余裕がない、のんびりできない・・、そう、色々と思い通りにならずにストレスがたまって仕方ない時代と言えるかもしれません。ストレスがたまってくると、身も心も元気がなくなり、さらにその状態が続くと具合が悪くなり、下手をすると身体をこわしたり、うつ病になったりしてしまいます。

 だから、一杯のみに行こうか、週末には温泉にでも行こうかということになりますが、二日酔いでもっと苦しむことになってしまったり、行き帰りの道路の渋滞でますます疲れをためこんでしまったりといった覚えがある方も多いのではないでしょうか。お酒、カラオケ、マージャン、パチンコなどのようにプラスもあるけど下手をすればマイナスのお釣りの方が多くなってしまう方法や、旅行や湯治のように実現するために一苦労するような方法ではなく、毎日の生活の中で手軽にストレスを解消できて、元気を増やすことのできる方法はないでしょうか。そうですね、スポーツはなかなかよいですね。ただ、スポーツ好きじゃない人も多いですし、毎日の生活の中でいつでもできるというほど手軽でもないかもしれません。それに、スポーツもしすぎるとかえって免疫力を落とすこともあるようです。

 そこで、本稿の主題である「リラクゼーション」という方法の出番になります。皆さんも日頃リラックスするために色々な方法をお使いになっていると思いますが、基本的な原則を押さえた効果的な方法を用いると、毎日の生活の中で10分程度で十分なリラクゼーション効果が得られるようになります。以下では、リラクゼーションとはどのような心身の状態であり、健康増進にとってどのような効果を持ち、その基本的原則とはどういうものかといったことを説明し、さらに簡単に実習できる効果的な技法の紹介をしたいと思います。

 

 

リラクゼーションとは

 まず最初に、リラクゼーションとは、ただゆったりとした心身の状態を指すのではないということに注意していただきたいと思います。もしのんびり、ゆったりとした状態がリラクゼーションだとすれば、寝ている状態がその最たるものになりますので、毎晩寝ているわれわれはそれで十分ということになってしまいます。

 図1に示したように、われわれの心身の状態をゴムまりで譬えてみます。周囲から力が加わらない状態では、まりは当然球状になっていますが、持続的に一方向から力が加わると歪んで凹みが生じた状態になります。これがストレスがたまった状態です。それに対して、リラクゼーションとは、少々の負荷では凹まない、あるいは凹んでもすぐに元の状態に戻ることができるような、復元力の高まった柔軟な状態を意味しています。例えば、睡眠中、身体は省エネ運転となっていますが、酸素消費量は入眠から45時間かけてようやく覚醒時と比べて8%程度減少します。その一方で、深いリラクゼーション状態においては、最初の3分間で平均1020%も酸素消費量が低下することが知られているのです。すなわち、リラクゼーションとは、ストレスという普通ではない心身の状態と色々な意味で逆の特徴を持つ、やはり普通ではない心身の状態を意味していると言えるでしょう。

 ところで、リラクゼーションが病気の治療や健康増進に広く利用されるようになったのは、E・ジェイコブソンが全身の筋肉を順番に緩めていく方法を導入したことから始まっています(もちろん、東洋では、ヨーガや瞑想などの方法が古くから実践されてきましたが、それらは元々リラクゼーションということで理解されてはいませんでした)。すなわち、リラクゼーションとは、元々筋肉の緩んだ状態を意味していたわけです。不安や緊張が高まると筋肉も緊張します。したがって筋肉を緩めることによって不安や緊張が解消できるのではないかという発想です。これは筋肉を緩めることで脳(中枢神経系)の働きを変化させることができることを意味していますが、脳の変化は、自律神経系、内分泌系、免疫系といった生体機能調節系を介して、さらに身体全体に変化をもたらすことになります。

 以上の結果、心理的には、心理的ストレスが解消され、元気が出てきますが、より具体的には緊張感が緩和し、疲労感が減少し、爽快感が増大した状態になります。一方、身体的には、生理的ストレスが解消され、ホメオスタシスやストレス耐性が強化されますが、生体機能調節系には、交感神経系の抑制、副交感神経系の賦活、ストレスホルモンの低下、免疫能の増強といった変化が現れます。研究が進むにつれて、このような特徴的な心身の状態は、実は筋肉の弛緩以外にも、ヨーガ、瞑想、催眠といったいくつかの方法によってもたらされることが明らかになり、そういった特定の方法によって引き起こされる心身の反応であるといった意味合いから「リラクゼーション反応」と呼ばれることになりました。

 

 

リラクゼーションの効果

 リラクゼーションの効果を考える場合には、以下の2つの観点が重要になります。第一には、リラクゼーションにかける時間の長短による違いです。そして第二には、それが1回のリラクゼーションによる効果(短期的効果=リラクゼーション反応)か、何度もリラクゼーションをくり返すことによる効果(長期的効果)かを区別することです。

 まず、リラクゼーションにかける時間の長短による違いですが、簡単に言うと、短時間(3分から5分)では緩んでいく効果が大きく、長い時間になってくると元気が出る効果が加わってくるということになるでしょう。例えば、自己催眠を利用したリラクゼーション法として心療内科で広く活用されている自律訓練法という方法を実習すると、最初の5分くらいは血圧が下がってきますが、10分も経つと逆に血圧は高くなることが多くなります(健康な人の場合)。心理的にも、最初はカッカと頭に血が上った状態が静まり、穏やかで安らかな気持ちになってきますが、さらに実習を続けていきますと、様々な雑念が浮かんでは消え浮かんでは消えした後に、頭の中がすっきりとして色々な物事が整理され、エネルギーがわいてくるような気持ちになってきます。つまり、リラクゼーション反応には、前半の文字通りのリラクゼーションのフェーズと、後半の「アクティベーション」といっていいフェーズの両方が含まれていると考えた方がよいようです。そして、肩こり、頭痛、高血圧、不眠症といった心身の緊張状態が直接関与している病態には短時間の実習でも効果がありますが、うつ状態、慢性疲労といったエネルギーの低下した状態には、アクティベーションのフェーズまで至るように長めの実習をすることが望ましいと考えられます。

 次に、短期的効果と長期的効果の違いについてですが、短期的効果としては上に述べたとおりのリラクゼーション反応がもたらされます。しかしその一方で、リラクゼーションの実習を23日行っただけでは大した効果はなく、持続的な効果を得るためには毎日続けることが必要であることが知られています。つまり、リラクゼーションを病気の治療や健康増進に利用するためには、長期的効果が重要になるわけです。そして、長期的効果としては、まさにストレスに対する抵抗力の増大といった変化が起こることが示されています。例えば、一生懸命計算問題を解くといった作業は一種のストレスになり血圧を上昇させますが、数年間リラクゼーションの実習を続けた人は、同じ作業をしても血圧の上昇が小さいことが知られています。こういった「体質を変える」といったことが、リラクゼーションの長期効果によって可能になります。

 

 

リラクゼーションの方法

 さて、それでは、効果的にリラクゼーション反応を引き起こす方法の基本的原則とはどのようなものでしょうか。それを考える上で大変参考になるのが、禅やヨーガといった東洋的な技法の要点を示した「調身、調息、調心」といった言葉です。つまり、身体と、呼吸と、心の面から基本原則を押さえると、非常に効果的な方法になるというわけです。

 まず、身体を調えるということですが、ここでは、東洋で言っている身体が「肉体」ではなく、身体の「形」を意味していることに留意する必要があります。つまり、身体の形が歪んでいない状態にすることが目標になります。禅宗の一派の曹洞宗では、「正しく座る」ということが大変強調されますが、これは「正しい形で座る」と言い変えてみると理解しやすくなるでしょう。しかし、われわれの身体には骨格の歪みや筋肉の緊張やこりがあるために、なかなかまっすぐな姿勢を取ることができません。そこで、ヨーガの数多くのポーズや、筋肉に直接働きかけて全身の筋バランスを整えようとする方法(ホメオストレッチ)などが有効になります。次に、呼吸を整えるということに関しては、ゆっくりと、規則的に、吐く息を長く、というのが原則になります。われわれの体の力は吐く息に合わせて抜けていき、息を吐ききったところで一番脱力しますので、リラクゼーションの技法でもその性質を利用するようにすると効果的です。最後に、心の調え方に関しては、H・ベンソンが非常に分かりやすくまとめています。その原則は、以下の2つです。@言葉、文、祈り、筋肉運動のくり返しなどに心を向ける、A雑念が浮かんで来たときは受身のままやり過ごし、再びくり返しの作業に戻る。つまり、何らかの対象に心を向け、注意がそれたら戻り、またそれたら戻りをくり返せばよいということです。

 さて、以上の原則を満たした簡単で効果的なリラクゼーション法を紹介してみましょう(図2)。それは、「呼吸を数える練習」です。まず、横になるかイスに楽な姿勢で腰かけましょう。身体の力を十分に抜くようにして、姿勢に偏りがないようにします(イスに座って背筋を伸ばすようにして行うと、アクティベーションの要素がより強くなります)。次に、ゆったりとした(深呼吸ほどは深くない)腹式呼吸をしてみます。特に女性で腹式呼吸がよく分からない方は、横になってお腹の上にタオルを載せ、タオルを上げながら息を吸い、タオルを下ろしながら息を吐くように練習してみましょう。そして、ゆったりと、吸って、吐いてで1、吸って、吐いてで2、という具合に呼吸を数えていきます。10まで数えたらまた1に戻ってくり返しますが、雑念などが浮かんで途中でいくつまで数えたか分からなくなったら、また1に戻って数えなおすようにします。リラックスするための練習ですから、指折り数えたりなど一生懸命になりすぎないように気をつけてください。これを15分から10分、11回から2回行うようにすれば、効果的なリラクゼーション実習の出来上がりです。だまされたと思って、3ヶ月続けてみてください。思いもかけないような効果が現れてくるのにびっくりすることでしょう。

 

 

参考文献

1)ハーバート・ベンソン(著)、中尾睦宏、熊野宏昭、久保木富房(訳):リラクセーション反応.星和書店,2001

2)美野田啓二:「バランスセラピー学」入門.現代書林,2001